厳島神社大鳥居の文字と飾りの意味は

干潮時に大鳥居のそばまで行って見上げると、文字の書かれた扁額が見えます。鳥居の裏側に回るとそこには違う文字が。

屋根の笠木の横には、太陽のような円形の飾りが見え、反対側には三日月の形が取り付けられていることに気がつきます。

大鳥居に掲げられたこれらの文字や装飾には、何か意味が隠されているのに違いありません。

大鳥居の両側に書かれている文字

大鳥居の扁額は、沖に向く扁額と、本殿のある神社に向く扁額の文字が違います。沖側には「嚴嶋神社」、神社側は「伊都岐島神社」の文字。両方ともに神社名なのですが、神社側は万葉仮名で書かれています。

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厳島は古来、神を斎(いつ)きまつる島という意味で「伊都岐(いつき)島」と称されていたとか。平清盛の時代に造営された際「嚴嶋」になったそうです。

江戸時代の浮世絵師の歌川広重が嘉永6年(1853年)に描いた「六十余州名所図会」の「安芸 厳島祭礼之図」に、鳥居の扁額が描かれています。そこには「伊都岐島大明神」の文字が残されていました。

大鳥居扁額を書いた人物は誰か

普段、見ることはできませんが、扁額の裏には、「明治7年甲戌四月二品熾仁親王謹書」と記されているそうです。扁額は二つとも有栖川熾仁(ありすがわのみやたるひと)親王が書いた文字、親王の染書(せんしょ)です。

有栖川熾仁親王のプロフィールを紹介すると、江戸時代後期~明治時代の皇族で、歴代書道・歌道に秀でた有栖川宮家の9代目当主。戊辰戦争や西南戦争、日清戦争の指揮官を務めた人物ですが、何よりも、皇女和宮の元婚約者として知られています。

和宮との婚約は時の政治情勢によって反故になったことは言うまでもありませんが。

大鳥居の笠木にある太陽と月の飾り

鳥居の屋根にあたる笠木にも、不思議な飾りがあります。太陽が昇ってくる東側は、まあるい「太陽(日光)」、日が暮れて月が輝く西側は「月(月光)」に見えますが、何かのマーク? 装飾?

風水でみると、北東は鬼門のため、鬼門を封じるために東に太陽を置くという意味もあるのだとか。

厳島神社にはたくさんの灯籠があり、大きめの灯籠には東側に太陽、西側に月が彫られているのも、何やら意味がありそうですね。

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フジヤミユコ

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投稿者プロフィール

東京都出身のフリーライター・編集。温泉に入る、寿司を食べる、旅をする、この3つが生きる糧。旅行、観光、料理を中心とした雑誌、パンフレットなどの印刷物に携わっています。

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