富岡製糸場がなぜ世界遺産に選ばれたのか?

そもそも世界文化遺産の「富岡製糸場と絹産業遺産群」とはどんなもの?

「よく知らないけれど、いまさら聞けないし」。

そんな人のために、世界文化遺産に選ばれた背景を調べてみたところ…。

富岡製糸場と絹産業は、明治時代からの日本の近代化に欠かせない存在だったばかりか、世界の絹産業発展にも貢献した歴史が見えてきます。

富岡製糸場は世界中から注目のまと

富岡製糸場はフランスの技術を導入した、日本初の本格的な製糸工場です。品質の劣っていた日本の生糸の品質改善と、長い間不可能とされてきた生糸の大量生産を実現して、世界トップレベルの機械製糸工場にまでなりました。富岡の生糸はアメリカなどに輸出され、近代化に必要な外貨が獲得されていたのです。

富岡の生糸ができる以前には、一部の特権階級のものであった絹でしたが、大量生産で生み出される富岡の生糸が安価でいて高い品質だったため、注目されるのは当然のこと。

やっぱりメイドインジャパンは、昔から品質本位ということですね。

世界文化遺産に登録された理由

富岡製糸場が日本の近代化だけでなく、世界の絹産業の技術革新にも貢献したこと。そして世界最大規模、抜群の生産能力を誇った工場がほぼ完全な形で残っていることが認められ、絹産業を構成するほかの3カ所とあわせて登録されました。

保存状態がよかったのは、富岡製糸場が操業停止後も「売らない、貸さない、壊さない」の3原則で守られたから。年間の維持費は約1億円、富岡市に移管するまで持ち主の片倉工業は18億円をつぎ込んだ計算になります。

 

世界文化遺産の「絹産業遺産群」てなに?

富岡製糸場とともに登録された「絹産業遺産群」は3カ所。

1つは「田島弥平旧宅」(伊勢崎市)で、瓦屋根に換気システムを取り付けた近代養蚕農家の原型。2つめの「高山社跡」(藤岡市)は、日本の近代養蚕の方法を開発した場所。そして3つめの「荒船風穴」(下仁田町)は、天然の冷気を利用して蚕種を貯蔵した日本最大規模の施設です。

冨岡製糸場のある富岡市とは離れているので、行き方などは下記URLを参考に。

日本の世界遺産として産業遺産が登録されるのは、石見銀山遺跡とその文化的景観(2007年登録)以来、2例目です。

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フジヤミユコ

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投稿者プロフィール

東京都出身のフリーライター・編集。温泉に入る、寿司を食べる、旅をする、この3つが生きる糧。旅行、観光、料理を中心とした雑誌、パンフレットなどの印刷物に携わっています。

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