日光東照宮「三猿」の由来 作った意図は?

日光三彫刻「創造の象」「三猿」「眠り猫」の一つで、世界的にも有名な「三猿」。

東照宮の三猿は海外で「Three wise monkeys」と呼ばれていますが、よその外国にも、また国内のほかの場所にも、これと似た三猿があるので、何かしら関係があるのかもしれません。

庚申講(こうしんこう)が由来とも、論語が由来ともされる日光東照宮「三猿」のルーツを探ってみました。

「三猿」は物語形式で人の生き方を教える手本

三猿とは、ストーリー性のある8面の彫刻で構成されています。

  • 1面 母猿が手をかざして子猿の将来を見ている。
  • 2面 有名な三猿の場面。3匹の猿がそれぞれ耳、口、目をふさいでいる。
  • 3面 座っている猿の姿。一人立ち直前らしい。
  • 4面 猿は大きな志を抱いて天を仰ぐ。青い雲が「青雲の志」を暗示。
  • 5面 猿の“人生”にはがけっぷちに立つときも。迷い悩む仲間を励ます友がいる。
  • 6面 物思いにふけっている姿、恋に悩んでいるとか。
  • 7面 結婚した2匹の猿。大きな荒波の彫刻は、これから夫婦で乗り越えてほしい。
  • 8面 ラストはお腹の大きな猿。やがて母親になって1場面へと戻る。

このような名場面が続きます。

猿の一生を描きながら、人の生き方を説いた奥深いものなのです。

「見ざる、聞かざる、言わざる」の本当の意味

三猿を作った目的は、誰にでもわかるように生きかたを教えるため。

2面の有名なシーンは「見ざる、聞かざる、言わざる」という叡智の3つの秘密を示しているといいます。

とはいえ、2面に登場する3匹の猿はまだ幼い子ども猿。好奇心旺盛でやんちゃな頃の子どもに、この厳しい教えはどういうこと?

余計なことには口出しはしないよう、幼少期から身につけさせたい処世術だったのでしょうか。

本来の意味は、「子どものときは、世の中の悪いことを見たり、聞いたり、言ったりしないで、素直なまま育ちなさい」という教育論的なものだそうです。


「三猿」の起源は論語+語呂合わせのミックス

論語の「不見・不問・不言」の教えが、8世紀頃に天台宗の留学僧を経由して日本に伝わっています。これに、語呂合わせの「猿」がくっつき、見ざる→見猿となったといわれています。

また、仏教、道教、神道などが混交した民間信仰の「庚申信仰」が結びついたとも。

庚申信仰では猿は神様のつかい。本尊や庚申塔には三猿の絵が描かれたものが多く、「目と耳と口をつつしみ、厄を避ける」という教えもあるのです。

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フジヤミユコ

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投稿者プロフィール

東京都出身のフリーライター・編集。温泉に入る、寿司を食べる、旅をする、この3つが生きる糧。旅行、観光、料理を中心とした雑誌、パンフレットなどの印刷物に携わっています。

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