高野山 奥の院の御廟に食事が届けられてるって本当?

高野山は空海によって開創された真言宗の総本山で、まもなく開創1200年を迎えようとしています。高野山の奥の院は、空海が入定した御廟があり、死んだのではなく今でも生きているのだとされています。入定とは宗教的な瞑想に入ったと定義されます。

空海が本当に生きているのか、それは誰にも分りません。弘法大師を信仰している人なら、空海は現在も生きていて御廟の石室のなかで修行をしているのだと信じるでしょう。実際に御廟には今でも毎日食事が届けられているのです。

空海の食事

現在も毎日、空海が食べれるようにと奥の院の御廟に食事が届けられています。毎日朝6時と朝10時半の2回届けられます。数名からなる僧侶によって届けられるのですが、先導するのは維那(いな)と呼ばれる僧侶で、空海の世話役を代々務めています。食事は木製の箱のなかに入れられており、2人の僧侶が担いで運ばれます。

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維那たちはまずお地蔵様に食事の味をみてもらってから、空海の待つ御廟へと運んでいきます。御廟の橋の手前で一礼をし、右奥の灯籠堂へと進みます。食事は灯籠堂の中央正面にお供えします。食事の内容は、温かいご飯と汁物、季節の野菜を使ったおかずが多いようです。シチューやカレー、パスタのような洋食が用意されることもあります。朝食の儀式は10分ほどで終わります。

この食事の法要は、1200年にわたって毎日欠かさず行われてきました。弘法大師・空海に対する厚い信仰心をうかがうことができますね。入定した日には毎年衣類も届けられています。

維那(いな)

代々にわたって空海の世話役をしている維那(いな)という僧侶。御廟の中にいる空海の様子を知っているのは維那だけだとされています。代々受け継いできた維那のなかで、他言したのは誰もいません。

そのため、空海は生前と同じように座って禅定をしているのか、生身の身体に代わって像が鎮座しているのか、何もない空間になっているのか、維那以外に誰も知ることができないのです。

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pekotaro

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投稿者プロフィール

1981年生まれです。昼間は家事育児に奮闘している、ごく普通の主婦です。子どもが就寝した後の、自由気ままなゴールデンタイムに、ライターのお仕事をしています。趣味は旅行や温泉、グルメなどで、最近ではわが子と一緒に遊ぶのも趣味になってきました。子育ては大変なこともありますが、子どもの成長を見ていけることが、何よりの喜びです。ライターとしては、読み手の人たちに分かりやすい文章を書くよう、心がけています。

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