東大寺大仏殿の大きさはどれくらい?

源頼朝による鎌倉大仏の創建の由来にもなったと言われる東大寺「奈良の大仏」は、1992年に世界遺産にも登録され、知らない人がいないというくらい有名な観光スポットになっています。

東大寺の御本尊である大仏様を祭っている場所こそが「大仏殿」になります。この項では東大寺の中心とも言える大仏殿について紹介したいと思います。

木造軸組建築としては世界最大

大仏殿は正式には「東大寺金堂」と言い、東大寺の中央に位置し、現在でも木造軸組建築としては世界最大で、境内で最大の大きさを誇っています。

大仏本体の鋳造が終わってから、聖武天皇によって747年から建築が始まり、751年に完成しました。

2度の消失を乗り越え、1691年に現在の大仏殿再建

大仏殿は奈良時代の創建から2度にわたって消失しており、1度目は1181年に平清盛の五男である平重衡などの南都焼討(なんとやきうち)時に、2度目となる焼失は1567年に松永久秀と三好三人衆(三好長逸、三好政康、岩成友通)との合戦の際でした。

現在、私たちが目にすることができる大仏殿は江戸時代の1691年に建て直されたもので、公慶上人などの尽力により復興事業が進められ、再建されたものになります。

Tōdai-ji Temple

正面幅、創建時の3分の2に

現在の大仏殿の規模は、正面幅が57.5m、奥行き50.5m、棟までの高さは49.1mですが、「東大寺要録」の「大仏殿碑文」によると、創建当時は正面幅が約86mあったと記載されていますから、現在の大仏殿の正面幅は創建当時よりも3分の2縮小したことがわかります。この原因として考えられるのが建設費の不足です。

幕府も諸大名に人員や金銭の供出を呼び掛けるなど援助を惜しみませんでしたし、奈良の町民も大仏殿の再建に必要な金銭の寄付を呼び掛ける組織を作ったりもしましたが、柱となる材木が調達できず、芯となる槻(つき)をヒノキ板で囲って、鉄釘と銅輪で締めて柱にしたそうで、その結果、創建時よりも幅が狭くなったとされています。

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umechiha

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投稿者プロフィール

建設業界の専門紙で記者をしていました。当たり前のことですが、ネットの情報をそのまま記事化するのではなく、記者時代の取材力を活かし、電話取材などで裏付けをとった最新の情報で記事化するようにしています。
建設・不動産分野はもちろんのこと、三姉妹の育児を通して感じたことを中心に、楽しくてコストパフォーマンスの高い情報を分かりやすく皆さまにお届けできたらと思っています♪

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